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岡理恵子さんの新作が入荷しました。
植物や生きものをモチーフに、形や色を丁寧に整理しながら描かれた3作品です。

日常の中に、自然の気配と静かな彩りを添えてくれるシリーズ。
ぜひそれぞれの作品を、ゆっくりとご覧ください。

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当店に作品をご提供くださっている作家の皆さまをご紹介するページです。画家、イラストレーター、テキスタイルデザイナーなど、従来のカテゴリーにとらわれることなく、アートとデザインの境界を自由に行き来する、国内外の多彩な作家陣が参加しています。

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  • 作家の深堀りコラム | 間合いを纏う作家。貴真

    作家の深堀りコラム | 間合いを纏う作家。貴真

    はじまりは、明確な理由のないところから 貴真さんが絵を描き始めたのは、20代の終わり頃のことだそうです。強い動機や将来像があったわけではなく、「何かを作りたい」という感覚に導かれるように、油絵を描き始めたのがきっかけでした。続けようと意識することもなく、あれこれと思いつくままに試していく。その延長線上に、今も制作があると語ります。 その後、デザインの仕事にも携わりますが、一方で、「クライアントのいない創作」を自由に行いたいという思いが、次第に大きくなっていきました。明確な転機があったというより、日々の積み重ねの中で、制作が自然と生活の一部として定着していったように思えます。   語らない画面がつくる、色と色の間合い 貴真さんの作品を前にすると、まず感じるのは、風景を描いているようでいて、どこにも具体的な場所が示されていないことです。水平に重ねられた色の層は、空や海、地平線を連想させますが、それを言葉で確定させることを拒んでいるようにも見えます。 淡い色調の作品では、光がにじむように広がり、赤や青を用いた画面でも、感情を強く押し出す印象はありません。色と色の境界は曖昧で、そのあいだに、見る側の感覚が入り込むための間合いが静かに保たれています。そのため鑑賞者は、作品から何かを「読み取ろう」とするよりも、自然と自分自身の記憶や気分を重ねながら画面と向き合うことになります。   作品が完結しないことの意味 貴真さん自身は、自身の作品に「寡黙」という言葉を当てています。それは、作品が多くを語らないという意味であり、同時に、語り切らないことを大切にしているという姿勢でもあります。 作品そのものが明確なメッセージを提示するのではなく、鑑賞者が作品と対峙したときに、その人の内側で何かが動く。その小さな変化の引き金となることが、理想の在り方だと考えています。強烈な刺激ではなく、ささやかで過剰でないこと。作品が完結せず、見る人の感覚によって開かれていく余地を残すことが、貴真さんの制作の根底にあります。   画面強度という基準 制作において、貴真さんが特に重視しているのが、「画面強度」と呼んでいる感覚です。それは色の濃さやコントラスト、塗りの厚さといった物理的な強さではありません。鑑賞者の視線や時間に耐えうるかどうか、見続けることで世界が深まっていくかどうか。そのような、感覚的で直感的な基準です。 世の中には、一見して目を引いても、しばらく見ていると薄さが露わになる画面も少なくありません。一方で、時間をかけて眺めるほど、奥行きが増していく作品もある。貴真さんは、制作中、画面と対話するように手を動かし、その強度が十分に感じられるまで、制作を続けます。その姿勢は、美術館で作品を鑑賞する感覚とよく似ていますが、唯一の違いは、自ら手を加えられる点にあります。   日常の中に置かれることを想像して 完成した作品は、誰かの日常の中に飾られることを前提にしています。そのため、技術を誇示するためだけの表現や、感情を過剰にぶつけるような画面、大きすぎて空間を圧迫する作品には向かいません。自分自身が日常の中に置きたいと思えないものは、制作したくない。その基準は一貫しています。 制作は自宅の一室で行われます。準備の時間には音楽を流し、道具を整える。そして筆を取る直前に音を消し、無音の状態に入ることで、感性のスイッチが入る。制作中は、余計な音のない環境が最も集中できると感じているそうです。   言葉から離れ、感性に委ねる 着想は、意識的に探しているときよりも、ふと力が抜けた瞬間に訪れます。本を読んでいるときの連想や、早朝や夕方、太陽が低くなった時間帯の色彩。作品に見られる柔らかなグラデーションや水平の広がりは、そうした時間の感覚が静かに反映されているようにも見えます。 最近は、「言葉からの離脱」を強く意識した制作に向かっているといいます。意味を組み立てるのではなく、感性と身体だけを働かせて画面に向かうこと。その難しさを自覚しているからこそ、少しでも違和感があれば無理に進めず、手を止める選択をします。今後は、対幅や三幅対といった、複数の作品が影響し合う形式にも、改めて取り組んでみたいと考えているようです。   作品と向き合うということ 作品を前にしたとき、作家の意図を読み解こうとする必要はありません。むしろ、自分自身の感覚が何を感じているのかに目を向けてほしいと、貴真さんは語ります。飾ることも義務のように捉えず、季節や気分に合わせて掛け替えながら、空間の変化を愉しむ。その中に、貴真さんの作品が一枚あったなら嬉しい、と。 語りすぎない画面と、静かに保たれた間合い。貴真さんの作品は、暮らしの中でふと立ち止まり、呼吸を整えるための存在として、そっとそこに在り続けます。   このコラムの執筆にあたり、貴真さんよりご提供いただいた写真をご紹介します。これらの写真は、絵画作品とあわせて見ることで、制作時の視点や関心を想像する手がかりになるかもしれません。  ...

    作家の深堀りコラム | 間合いを纏う作家。貴真

    はじまりは、明確な理由のないところから 貴真さんが絵を描き始めたのは、20代の終わり頃のことだそうです。強い動機や将来像があったわけではなく、「何かを作りたい」という感覚に導かれるように、油絵を描き始めたのがきっかけでした。続けようと意識することもなく、あれこれと思いつくままに試していく。その延長線上に、今も制作があると語ります。 その後、デザインの仕事にも携わりますが、一方で、「クライアントのいない創作」を自由に行いたいという思いが、次第に大きくなっていきました。明確な転機があったというより、日々の積み重ねの中で、制作が自然と生活の一部として定着していったように思えます。   語らない画面がつくる、色と色の間合い 貴真さんの作品を前にすると、まず感じるのは、風景を描いているようでいて、どこにも具体的な場所が示されていないことです。水平に重ねられた色の層は、空や海、地平線を連想させますが、それを言葉で確定させることを拒んでいるようにも見えます。 淡い色調の作品では、光がにじむように広がり、赤や青を用いた画面でも、感情を強く押し出す印象はありません。色と色の境界は曖昧で、そのあいだに、見る側の感覚が入り込むための間合いが静かに保たれています。そのため鑑賞者は、作品から何かを「読み取ろう」とするよりも、自然と自分自身の記憶や気分を重ねながら画面と向き合うことになります。   作品が完結しないことの意味 貴真さん自身は、自身の作品に「寡黙」という言葉を当てています。それは、作品が多くを語らないという意味であり、同時に、語り切らないことを大切にしているという姿勢でもあります。 作品そのものが明確なメッセージを提示するのではなく、鑑賞者が作品と対峙したときに、その人の内側で何かが動く。その小さな変化の引き金となることが、理想の在り方だと考えています。強烈な刺激ではなく、ささやかで過剰でないこと。作品が完結せず、見る人の感覚によって開かれていく余地を残すことが、貴真さんの制作の根底にあります。   画面強度という基準 制作において、貴真さんが特に重視しているのが、「画面強度」と呼んでいる感覚です。それは色の濃さやコントラスト、塗りの厚さといった物理的な強さではありません。鑑賞者の視線や時間に耐えうるかどうか、見続けることで世界が深まっていくかどうか。そのような、感覚的で直感的な基準です。 世の中には、一見して目を引いても、しばらく見ていると薄さが露わになる画面も少なくありません。一方で、時間をかけて眺めるほど、奥行きが増していく作品もある。貴真さんは、制作中、画面と対話するように手を動かし、その強度が十分に感じられるまで、制作を続けます。その姿勢は、美術館で作品を鑑賞する感覚とよく似ていますが、唯一の違いは、自ら手を加えられる点にあります。   日常の中に置かれることを想像して 完成した作品は、誰かの日常の中に飾られることを前提にしています。そのため、技術を誇示するためだけの表現や、感情を過剰にぶつけるような画面、大きすぎて空間を圧迫する作品には向かいません。自分自身が日常の中に置きたいと思えないものは、制作したくない。その基準は一貫しています。 制作は自宅の一室で行われます。準備の時間には音楽を流し、道具を整える。そして筆を取る直前に音を消し、無音の状態に入ることで、感性のスイッチが入る。制作中は、余計な音のない環境が最も集中できると感じているそうです。   言葉から離れ、感性に委ねる 着想は、意識的に探しているときよりも、ふと力が抜けた瞬間に訪れます。本を読んでいるときの連想や、早朝や夕方、太陽が低くなった時間帯の色彩。作品に見られる柔らかなグラデーションや水平の広がりは、そうした時間の感覚が静かに反映されているようにも見えます。 最近は、「言葉からの離脱」を強く意識した制作に向かっているといいます。意味を組み立てるのではなく、感性と身体だけを働かせて画面に向かうこと。その難しさを自覚しているからこそ、少しでも違和感があれば無理に進めず、手を止める選択をします。今後は、対幅や三幅対といった、複数の作品が影響し合う形式にも、改めて取り組んでみたいと考えているようです。   作品と向き合うということ 作品を前にしたとき、作家の意図を読み解こうとする必要はありません。むしろ、自分自身の感覚が何を感じているのかに目を向けてほしいと、貴真さんは語ります。飾ることも義務のように捉えず、季節や気分に合わせて掛け替えながら、空間の変化を愉しむ。その中に、貴真さんの作品が一枚あったなら嬉しい、と。 語りすぎない画面と、静かに保たれた間合い。貴真さんの作品は、暮らしの中でふと立ち止まり、呼吸を整えるための存在として、そっとそこに在り続けます。   このコラムの執筆にあたり、貴真さんよりご提供いただいた写真をご紹介します。これらの写真は、絵画作品とあわせて見ることで、制作時の視点や関心を想像する手がかりになるかもしれません。  ...

  • 作家の深堀りコラム|触れたくなる“塊”を描く。吉本悠美

    作家の深堀りコラム|触れたくなる“塊”を描く。吉本悠美

    吉本さんが暮らす山梨県西桂町の景色   はじまりは「描くことが好き」から 吉本悠美さんの作品に触れると、まず「絵柄」より先に、手の動きが残した密度が届きます。線の勢い、擦れ、重なり。そこにあるのは説明のための輪郭ではなく、触れたくなる“質感の塊”です。暮らしの中でふと目に入ったとき、言葉にする前の気分が、静かに立ち上がってくる。その距離感が、吉本さんの表現の魅力だと感じます。  吉本さんは東京造形大学でテキスタイルデザインを学び、学士課程を2013年に卒業、修士課程を2015年に修了しています。現在はテキスタイルデザイナーとして自分のブランドと企業のプロダクト開発を両立し、大学で教える立場も担っています。ただ、肩書きが先に立つタイプの作り手ではありません。作品の芯にあるのは、もっと素朴な「描くことが好き」という原点です。小学生の頃からお絵描き教室に通うほど絵が好きで、本格的に制作として向き合い始めたのは美大入学後。先生や先輩、同級生、インターン先で受けた刺激が積み重なり、大学4年生頃には「いつか作家になれたら」と思うようになったそうです。   節目をつくった受賞と「KESHIKI」 活動の節目として外せないのが、2013年の「コッカプリントテキスタイル賞『inspiration』」審査員特別賞受賞です。大学院在籍中に受賞し、その後2016年にはKOKKAから「KESHIKI(けしき)」をリリース。コンセプトは「風景画を飾るように、生活を彩る布」でした。“風景の気持ち”を布に残すという発想は、今の作品にも通じています。目の前のものをそのまま写すのではなく、心が動いた瞬間の手触りを、別の形に置き換えて残す。その置き換えの精度が高いから、見る側も自分の記憶と重ね合わせやすいのだと思います。   山梨移住で、制作の時間が変わる もう一つの大きな転機が、拠点の移動です。2018年に東京から山梨県西桂町へ家族で移住。きっかけは、東京造形大学と西桂町・富士吉田市が連携して進めた「富士山テキスタイルプロジェクト」だったそうです環境が変わると、制作の時間の流れも変わります。吉本さんは制作前に頭の中でたくさんシミュレーションを重ね、縮こまらないために、なるべく大きい紙に描くこともあるとのこと。モットーは「やればなんとかなる、日々精進、鍛錬、体育会系精神」。ここには“根性論”というより、制作を続けるための現実的な体力がにじみます。   テクスチャが主役になる「塊」の発想 「texture object」シリーズについて、吉本さんはこんな問いから始めたと話します。「テクスチャ自体がモチーフとなったら?」。そこから生まれたのが“テクスチャで成り立つ塊”というコンセプトでした。手描きの質感やテクスチャ感を大切にしつつ、自分が目にして脳内に保管してきた「GOOD」「ググッときたもの」を作品を通して共有したい。けれど押しつけはしない。観た人が自由に想像できることを最優先に置き、刺激やインスピレーションの入口になれたらと考えています。この「余白の置き方」が、吉本作品の品の良さです。分かりやすく言い切らない。けれど曖昧に逃げない。見ている側が自分の感覚を取り戻せる“間”が、画面のどこかに必ず用意されています。   整えすぎない描き味と「見立てる」手法 技法の選び方も、その姿勢と一致しています。手描きの質感が残るもの、勢いよく描けるものが好きで、たとえば「texture object」シリーズでは、油分多めの色鉛筆であるダーマトグラフやグラフを用いたとのこと。整えすぎず、ライブ感が伝わる描き味になるよう意識しているそうです。さらに、表現を分かりやすくするために「見立てる」という手法をよく使う。抽象に寄せながら、鑑賞の足場も残す。この“足場の作り方”が巧みだから、作品は難解になりきらず、暮らしに入り込めます。   「装飾」を引き受ける、飾ることの意味 暮らしに入り込む、という点では、吉本さんが「装飾」という言葉を自分の領域として捉え始めたという話も印象的です。飾ることは、その対象を大事にすること、愛でること。ポスターを壁に飾れば、その壁や空間に対して愛着が湧く。作品は、作品のことを考えながら見なくてもいい。見ながら別のことを考えてもいい。たまに、ぼーっと眺める存在になれたら嬉しい。この言葉は、買い手にとっても救いがあります。美術の知識や正しい鑑賞態度を要求されない。好きという感覚から始めていい。その軽さが、長く続く愛着につながります。   PORTRAIT LABへ、そして空間へ 現在の取り組みとしては、具象的なモチーフを自分なりの表現で描く試みを進めつつ、自身のブランド商品の図案でも試行錯誤しているとのことです。そのブランドが「PORTRAIT LAB」。インタビューでは、コロナ禍の時期に立ち上げたこと、ソファの写真を眺めるうちに「クッションが四角ばかり」と気づき、形を変えたら面白いのではという発想から「Fabric object」へつながっていったことが語られています。今年の2月15日まで、Spiral Market ルクア大阪で「PORTRAIT...

    作家の深堀りコラム|触れたくなる“塊”を描く。吉本悠美

    吉本さんが暮らす山梨県西桂町の景色   はじまりは「描くことが好き」から 吉本悠美さんの作品に触れると、まず「絵柄」より先に、手の動きが残した密度が届きます。線の勢い、擦れ、重なり。そこにあるのは説明のための輪郭ではなく、触れたくなる“質感の塊”です。暮らしの中でふと目に入ったとき、言葉にする前の気分が、静かに立ち上がってくる。その距離感が、吉本さんの表現の魅力だと感じます。  吉本さんは東京造形大学でテキスタイルデザインを学び、学士課程を2013年に卒業、修士課程を2015年に修了しています。現在はテキスタイルデザイナーとして自分のブランドと企業のプロダクト開発を両立し、大学で教える立場も担っています。ただ、肩書きが先に立つタイプの作り手ではありません。作品の芯にあるのは、もっと素朴な「描くことが好き」という原点です。小学生の頃からお絵描き教室に通うほど絵が好きで、本格的に制作として向き合い始めたのは美大入学後。先生や先輩、同級生、インターン先で受けた刺激が積み重なり、大学4年生頃には「いつか作家になれたら」と思うようになったそうです。   節目をつくった受賞と「KESHIKI」 活動の節目として外せないのが、2013年の「コッカプリントテキスタイル賞『inspiration』」審査員特別賞受賞です。大学院在籍中に受賞し、その後2016年にはKOKKAから「KESHIKI(けしき)」をリリース。コンセプトは「風景画を飾るように、生活を彩る布」でした。“風景の気持ち”を布に残すという発想は、今の作品にも通じています。目の前のものをそのまま写すのではなく、心が動いた瞬間の手触りを、別の形に置き換えて残す。その置き換えの精度が高いから、見る側も自分の記憶と重ね合わせやすいのだと思います。   山梨移住で、制作の時間が変わる もう一つの大きな転機が、拠点の移動です。2018年に東京から山梨県西桂町へ家族で移住。きっかけは、東京造形大学と西桂町・富士吉田市が連携して進めた「富士山テキスタイルプロジェクト」だったそうです環境が変わると、制作の時間の流れも変わります。吉本さんは制作前に頭の中でたくさんシミュレーションを重ね、縮こまらないために、なるべく大きい紙に描くこともあるとのこと。モットーは「やればなんとかなる、日々精進、鍛錬、体育会系精神」。ここには“根性論”というより、制作を続けるための現実的な体力がにじみます。   テクスチャが主役になる「塊」の発想 「texture object」シリーズについて、吉本さんはこんな問いから始めたと話します。「テクスチャ自体がモチーフとなったら?」。そこから生まれたのが“テクスチャで成り立つ塊”というコンセプトでした。手描きの質感やテクスチャ感を大切にしつつ、自分が目にして脳内に保管してきた「GOOD」「ググッときたもの」を作品を通して共有したい。けれど押しつけはしない。観た人が自由に想像できることを最優先に置き、刺激やインスピレーションの入口になれたらと考えています。この「余白の置き方」が、吉本作品の品の良さです。分かりやすく言い切らない。けれど曖昧に逃げない。見ている側が自分の感覚を取り戻せる“間”が、画面のどこかに必ず用意されています。   整えすぎない描き味と「見立てる」手法 技法の選び方も、その姿勢と一致しています。手描きの質感が残るもの、勢いよく描けるものが好きで、たとえば「texture object」シリーズでは、油分多めの色鉛筆であるダーマトグラフやグラフを用いたとのこと。整えすぎず、ライブ感が伝わる描き味になるよう意識しているそうです。さらに、表現を分かりやすくするために「見立てる」という手法をよく使う。抽象に寄せながら、鑑賞の足場も残す。この“足場の作り方”が巧みだから、作品は難解になりきらず、暮らしに入り込めます。   「装飾」を引き受ける、飾ることの意味 暮らしに入り込む、という点では、吉本さんが「装飾」という言葉を自分の領域として捉え始めたという話も印象的です。飾ることは、その対象を大事にすること、愛でること。ポスターを壁に飾れば、その壁や空間に対して愛着が湧く。作品は、作品のことを考えながら見なくてもいい。見ながら別のことを考えてもいい。たまに、ぼーっと眺める存在になれたら嬉しい。この言葉は、買い手にとっても救いがあります。美術の知識や正しい鑑賞態度を要求されない。好きという感覚から始めていい。その軽さが、長く続く愛着につながります。   PORTRAIT LABへ、そして空間へ 現在の取り組みとしては、具象的なモチーフを自分なりの表現で描く試みを進めつつ、自身のブランド商品の図案でも試行錯誤しているとのことです。そのブランドが「PORTRAIT LAB」。インタビューでは、コロナ禍の時期に立ち上げたこと、ソファの写真を眺めるうちに「クッションが四角ばかり」と気づき、形を変えたら面白いのではという発想から「Fabric object」へつながっていったことが語られています。今年の2月15日まで、Spiral Market ルクア大阪で「PORTRAIT...

  • 模様作家の岡理恵子さんから、描きおろしの新作が届きました。

    模様作家の岡理恵子さんから、描きおろしの新作が届きました。

    岡理恵子さんの新作が入荷しました。植物や生きものをモチーフに、形や色を丁寧に整理しながら描かれた3作品です。 整った構図の中に、やわらかなリズムや遊び心が感じられ、空間にすっとなじみながらも、ふと目を留めたくなる存在感があります。植物の重なりや色の組み合わせ、そこから生まれる小さな物語は、眺めるたびに新しい表情を見せてくれるでしょう。 日常の中に、自然の気配と静かな彩りを添えてくれるシリーズ。ぜひそれぞれの作品を、ゆっくりとご覧ください。   画像は「White clovers(シロツメクサ )」 クローバーのかたちを思わせる青い葉が、左右対称の構図でリズミカルに広がります。整えられた配置と、にじむような色の重なりが、静かで心地よいリズムを生み出します。空間に落ち着きと軽やかさを同時に添えてくれる一枚です。 画像は「Botanicals(ボタニカル )」 さまざまな葉やかたちが重なり合い、画面いっぱいに豊かな緑の世界が広がります。細部まで丁寧に描かれた植物たちは、眺めるたびに小さな発見があり、空間に自然の気配といきいきとした明るさをもたらします。 画像は「The Forest of Squirrels(リスノモリ )」 赤いリスと植物、実のモチーフが軽やかに配置され、楽しげな世界観が広がります。落ち着いた色合いの中にさりげない遊び心があり、眺める人の想像をやさしく誘います。空間にあたたかさと親しみを添えてくれる一枚です。 岡理恵子 / Rieko Oka模様作家。1981年北海道生まれ。北海道在住。北海道東海大学大学院 芸術工学研究科卒。テキスタイルブランド「点と線模様製作所」主宰。季節や天気の移ろい、音や記憶などを題材にした作品は多方面より高く評価され、2012年より定期的に作品集が出版されている。

    模様作家の岡理恵子さんから、描きおろしの新作が届きました。

    岡理恵子さんの新作が入荷しました。植物や生きものをモチーフに、形や色を丁寧に整理しながら描かれた3作品です。 整った構図の中に、やわらかなリズムや遊び心が感じられ、空間にすっとなじみながらも、ふと目を留めたくなる存在感があります。植物の重なりや色の組み合わせ、そこから生まれる小さな物語は、眺めるたびに新しい表情を見せてくれるでしょう。 日常の中に、自然の気配と静かな彩りを添えてくれるシリーズ。ぜひそれぞれの作品を、ゆっくりとご覧ください。   画像は「White clovers(シロツメクサ )」 クローバーのかたちを思わせる青い葉が、左右対称の構図でリズミカルに広がります。整えられた配置と、にじむような色の重なりが、静かで心地よいリズムを生み出します。空間に落ち着きと軽やかさを同時に添えてくれる一枚です。 画像は「Botanicals(ボタニカル )」 さまざまな葉やかたちが重なり合い、画面いっぱいに豊かな緑の世界が広がります。細部まで丁寧に描かれた植物たちは、眺めるたびに小さな発見があり、空間に自然の気配といきいきとした明るさをもたらします。 画像は「The Forest of Squirrels(リスノモリ )」 赤いリスと植物、実のモチーフが軽やかに配置され、楽しげな世界観が広がります。落ち着いた色合いの中にさりげない遊び心があり、眺める人の想像をやさしく誘います。空間にあたたかさと親しみを添えてくれる一枚です。 岡理恵子 / Rieko Oka模様作家。1981年北海道生まれ。北海道在住。北海道東海大学大学院 芸術工学研究科卒。テキスタイルブランド「点と線模様製作所」主宰。季節や天気の移ろい、音や記憶などを題材にした作品は多方面より高く評価され、2012年より定期的に作品集が出版されている。

  • 作家の深堀りコラム | 情景を映し出す人、梅崎健(ELEMENTI ART)

    作家の深堀りコラム | 情景を映し出す人、梅崎健(ELEMENTI ART)

    梅崎さんの作品を見ていると、自然を描いていながら、どこか説明を控えているような印象を受けます。画面は整理され、色や形も必要以上に語りません。そのため、見る側は立ち止まり、ゆっくりと作品と向き合うことになります。   絵との出会い 梅崎健さんが絵を描くことに親しむようになったのは、小学生の頃だそうです。近所の画家に習いながら、スケッチに連れて行ってもらったことがきっかけでした。外で描いているうちに時間を忘れ、気づけば夕方になっていた。その経験を通して、絵を描くことが少しずつ身近なものになっていったとのことです。 武蔵野美術大学へ進学後、在学中にはストックホルムや京都の工芸学校で講習を受講されています。素材への向き合い方や、表現を組み立てる視点について、多くの刺激を受けたと振り返られています。異なる土地や文化の中で学んだ経験は、当時は強く意識していなかったものの、後に振り返ると、現在の制作の土台のひとつになっているように感じられます。   デザインの現場から、制作へ 大学院修了後は企業に入社し、企画部門で主に欧米向けのデザインを担当されました。海外を訪れる機会も多く、仕事を通して数多くのアートに触れる時間を重ねていきます。 クラフト、デザイン、アート。それぞれの分野で得た経験は、すぐに作品として表に現れるものではありませんでしたが、制作に向き合う姿勢や感覚の背景として、少しずつ積み重なっていったように受け取れます。退職後は武蔵野美術大学の客員教授を務め、現在はアート制作を中心に活動されています。 作家として活動を続ける中で、大きな転機となったのが個展やオンラインギャラリーでの経験でした。作品を前にした人から直接感想をもらえたこと、オンラインを通じて作品を迎え入れてくれた方々から前向きな言葉が届いたこと。 絵を通して、それまで接点のなかった幅広い人たちとの交流が生まれたことが、制作を続けていく上での確かな手応えにつながっているようです。   自然をテーマにした表現 梅崎さんの作品には、一貫して自然の情景が描かれています。花の生命力や美しさ、繊細さ。風や波、光、大地の広がり。そうしたモチーフを、そのまま写し取るのではなく、自分なりの解釈を通して画面に落とし込んでいく姿勢がうかがえます。 具象と抽象のあいだを行き来する柔軟さも、作品の大きな特徴のひとつ。花や森、水平線といった形は感じ取れる一方で、細部を描き込みすぎることはありません。形は簡略化され、色や面の重なりによって情景が組み立てられていきます。 構図は一見するととてもシンプルですが、単調な印象は受けません。色のグラデーションやテクスチャーのわずかな違いが画面に奥行きを生み、視線は自然と留まります。近くで見るほど、筆致や滲み、色の重なりが静かに効いていることに気づかされるのです。 明るい色調を用いながらも、落ち着いた空気が保たれている点も印象的です。大胆さと緻密さ、その対比が画面の中で程よく共存しているように感じることができます。   制作の姿勢と日常 制作は自宅で行い、午前中は集中して描き、午後は作業的な工程に充てることが多いとのこと。道具はさまざまな筆に加え、自分で工夫して制作したオリジナルのものも使われています。 描き損じたと感じる部分があっても、それを失敗とは捉えないようにしているそうです。後から振り返ったとき、制作の財産になっていることがあるからだといいます。新しいモチーフや技法に挑戦し続ける姿勢も、そうした考え方に支えられているように感じました。 アイデアが生まれるのは、特別な瞬間というよりも、ふとした場面だそうです。試作中に、海の水平線を眺めているとき、山や地平線の重なりを見たとき、花々の色に目を留めたとき。自然の中にあるわずかな変化が、制作へとつながっていきます。   積み重ねてきた歩み 長年にわたる制作の中で、いくつかの評価も重ねてこられました。2005年にはエプソンカラーイメージングコンテストで佐藤卓賞を受賞。2017年にはタグボートアワードで審査員特別賞を受け、2018年には三井化学の新素材「NAGORI」を活用したデザインコンペで優秀賞を獲得されています。さらに2020年にはMIMARUツーリズムコンペティションのアート部門で優秀賞、2025年には東京建物「Brillia Art Award Wall 2025」を受賞されました。 こうした受賞も、日々制作を続けてきた延長線上にあるものとして受け止められているようです。...

    作家の深堀りコラム | 情景を映し出す人、梅崎健(ELEMENTI ART)

    梅崎さんの作品を見ていると、自然を描いていながら、どこか説明を控えているような印象を受けます。画面は整理され、色や形も必要以上に語りません。そのため、見る側は立ち止まり、ゆっくりと作品と向き合うことになります。   絵との出会い 梅崎健さんが絵を描くことに親しむようになったのは、小学生の頃だそうです。近所の画家に習いながら、スケッチに連れて行ってもらったことがきっかけでした。外で描いているうちに時間を忘れ、気づけば夕方になっていた。その経験を通して、絵を描くことが少しずつ身近なものになっていったとのことです。 武蔵野美術大学へ進学後、在学中にはストックホルムや京都の工芸学校で講習を受講されています。素材への向き合い方や、表現を組み立てる視点について、多くの刺激を受けたと振り返られています。異なる土地や文化の中で学んだ経験は、当時は強く意識していなかったものの、後に振り返ると、現在の制作の土台のひとつになっているように感じられます。   デザインの現場から、制作へ 大学院修了後は企業に入社し、企画部門で主に欧米向けのデザインを担当されました。海外を訪れる機会も多く、仕事を通して数多くのアートに触れる時間を重ねていきます。 クラフト、デザイン、アート。それぞれの分野で得た経験は、すぐに作品として表に現れるものではありませんでしたが、制作に向き合う姿勢や感覚の背景として、少しずつ積み重なっていったように受け取れます。退職後は武蔵野美術大学の客員教授を務め、現在はアート制作を中心に活動されています。 作家として活動を続ける中で、大きな転機となったのが個展やオンラインギャラリーでの経験でした。作品を前にした人から直接感想をもらえたこと、オンラインを通じて作品を迎え入れてくれた方々から前向きな言葉が届いたこと。 絵を通して、それまで接点のなかった幅広い人たちとの交流が生まれたことが、制作を続けていく上での確かな手応えにつながっているようです。   自然をテーマにした表現 梅崎さんの作品には、一貫して自然の情景が描かれています。花の生命力や美しさ、繊細さ。風や波、光、大地の広がり。そうしたモチーフを、そのまま写し取るのではなく、自分なりの解釈を通して画面に落とし込んでいく姿勢がうかがえます。 具象と抽象のあいだを行き来する柔軟さも、作品の大きな特徴のひとつ。花や森、水平線といった形は感じ取れる一方で、細部を描き込みすぎることはありません。形は簡略化され、色や面の重なりによって情景が組み立てられていきます。 構図は一見するととてもシンプルですが、単調な印象は受けません。色のグラデーションやテクスチャーのわずかな違いが画面に奥行きを生み、視線は自然と留まります。近くで見るほど、筆致や滲み、色の重なりが静かに効いていることに気づかされるのです。 明るい色調を用いながらも、落ち着いた空気が保たれている点も印象的です。大胆さと緻密さ、その対比が画面の中で程よく共存しているように感じることができます。   制作の姿勢と日常 制作は自宅で行い、午前中は集中して描き、午後は作業的な工程に充てることが多いとのこと。道具はさまざまな筆に加え、自分で工夫して制作したオリジナルのものも使われています。 描き損じたと感じる部分があっても、それを失敗とは捉えないようにしているそうです。後から振り返ったとき、制作の財産になっていることがあるからだといいます。新しいモチーフや技法に挑戦し続ける姿勢も、そうした考え方に支えられているように感じました。 アイデアが生まれるのは、特別な瞬間というよりも、ふとした場面だそうです。試作中に、海の水平線を眺めているとき、山や地平線の重なりを見たとき、花々の色に目を留めたとき。自然の中にあるわずかな変化が、制作へとつながっていきます。   積み重ねてきた歩み 長年にわたる制作の中で、いくつかの評価も重ねてこられました。2005年にはエプソンカラーイメージングコンテストで佐藤卓賞を受賞。2017年にはタグボートアワードで審査員特別賞を受け、2018年には三井化学の新素材「NAGORI」を活用したデザインコンペで優秀賞を獲得されています。さらに2020年にはMIMARUツーリズムコンペティションのアート部門で優秀賞、2025年には東京建物「Brillia Art Award Wall 2025」を受賞されました。 こうした受賞も、日々制作を続けてきた延長線上にあるものとして受け止められているようです。...

  • 作家の深堀りコラム | 静寂と気配を重ねて──コラージュ作家・井上陽子の世界

    作家の深堀りコラム | 静寂と気配を重ねて──コラージュ作家・井上陽子の世界

    紙や布、そして描かれた線の断片。それらが互いに呼び合うように重なり、画面の中に奥行きある世界を作り出す井上陽子さんのコラージュ作品は、貼り合わせたパーツのわずかなズレや重なり方の差が、作品全体の空気を変えてゆきます。そうした“微細な変化”も、井上さんの作品の特徴だと感じています。 ご本人は「異なる素材が出会うことで新しいモノの見え方が生まれる」と語ります。その視点は素材だけでなく、光と影、言葉や音など日常のあらゆる組み合わせにもつながっているそうです。 実際の作品を見ると、紙片の余白や薄く染められた断片の層がしっとりとした気配を空間に滲ませ、色の重なりだけで気配が立ち上がるように感じさせてくれるのです。   「作品制作を糧にして生きていく」と気づいた出発点 井上さんが本格的に創作へ向き合い始めたのは、美大卒業後の25歳の頃でした。「作品制作以外にやりたいことも、できることもなかった」と率直に語るように、どんな仕事も続かず、気づけば残っていたのは”作る”という選択肢だけだったといいます。それは苦しい状況から生まれた覚悟である一方、作家としての確かな起点になりました。 転機は2008年、雑貨メーカーとのコラボによるマスキングテープが思いがけずヒット。さらに紙ものブームの追い風もあって著書の出版やメディア出演も続き、停滞していたイラストレーター人生が大きく動き出しました。 そして2020年、インテリアショップIDEEとの出会いにより、受注制作中心の働き方から離れ、「作りたいものを作り、展示販売する」という現在のスタイルへ。創作そのものに集中できる環境が整い、作品世界が一段と広がっていきます。   素材を生み出すことから始まるコラージュ 井上さんの作品に独特の深みが宿るのは、使う素材の多くを自ら制作している点にあります。かつては洋書の文字や古紙を中心に用いていましたが、ある時ふと飽和感を覚え、紙や布に絵の具を塗ったり染めたり、オイルパステルで塗りつぶしたりと、素材そのものを生み出す方向へ舵を切りました。 「日々の暮らしの中で、人やモノとの出会い、音、言葉、といった様々なレイヤーやそのコラージュにときめく瞬間が、私の創作の源です。それらが時間をかけて発酵され、『わたし』というフィルターを通して作品となります。」 素材づくりと、日常から湧き上がる感覚とが溶け合い、一枚の作品へと練り上げられていく。そのプロセスそのものが作品の静かな深さにつながっているのでしょう。 また自身のドローイングを分解し、Photoshopで再構成し、シルクスクリーンで刷り、さらに切り刻むという「リ・コラージュ」も行っています。 「貼り合わせることと、プリントの作業が好き」と話すその姿勢は、技法の選択を超えて、思考の整理や感覚の更新といった、創作の内側にある循環のように見えます。 実際の作品には、紙の切り口の荒さや重なりの厚み、インクの密度の揺れなど、素材が持つ“差異の表情”がそのまま残されています。均一に整えるのではなく、違いを違いのまま置くことで、画面に静かな深さが生まれているのだと思います。   日常と地続きの制作リズム 制作は午前から夕方まで。犬の散歩へ出るまでの間に、常時10枚ほどを並行して進めるそうです。アトリエには紙、布、絵の具、蜜蝋、ボンド、カッターなど、多様な道具が自然な秩序で置かれています。 作業中の音の使い分けも印象的です。「手を動かす工程では Podcast を、絵づくりの段階では無音で」と語るように、集中の深さに応じて環境を丁寧に切り替えています。 アイデアが生まれるのは意外にも静かな場所。「眠る前や起きる前のまどろみが一番ひらめく」と言います。旅、散歩、アトリエに差す光など、特別ではない日常の断片がそのまま作品の種になっていく。創作と生活がゆるやかに混ざり合うリズムが、作品に自然な呼吸を与えているのかもしれません。   井上さんのアトリエ “見えないもの”を形にする試みと、作品を迎える人へ 現在は、目に見えない概念や感覚をコラージュでどう表現できるかというテーマに取り組んでいるとのこと。「当たり前のすごさに気付けるような表現を試したい」と話す姿勢には、身近な世界を丁寧に見つめ直す視点があります。 井上さんは「購入してくださることにまず感謝したい」と話します。そのお金で食事をし、画材を買い、旅をする。そしてまた作品が生まれる。その循環を裏切らないように、一点ずつ丁寧に向き合っているそうです。 部屋に飾ったとき、素敵な家具を迎えた時のように「あるだけで、なんだか嬉しい」と感じてもらえたら──そんな静かな願いが、作品の奥に確かに息づいているのです。  ...

    作家の深堀りコラム | 静寂と気配を重ねて──コラージュ作家・井上陽子の世界

    紙や布、そして描かれた線の断片。それらが互いに呼び合うように重なり、画面の中に奥行きある世界を作り出す井上陽子さんのコラージュ作品は、貼り合わせたパーツのわずかなズレや重なり方の差が、作品全体の空気を変えてゆきます。そうした“微細な変化”も、井上さんの作品の特徴だと感じています。 ご本人は「異なる素材が出会うことで新しいモノの見え方が生まれる」と語ります。その視点は素材だけでなく、光と影、言葉や音など日常のあらゆる組み合わせにもつながっているそうです。 実際の作品を見ると、紙片の余白や薄く染められた断片の層がしっとりとした気配を空間に滲ませ、色の重なりだけで気配が立ち上がるように感じさせてくれるのです。   「作品制作を糧にして生きていく」と気づいた出発点 井上さんが本格的に創作へ向き合い始めたのは、美大卒業後の25歳の頃でした。「作品制作以外にやりたいことも、できることもなかった」と率直に語るように、どんな仕事も続かず、気づけば残っていたのは”作る”という選択肢だけだったといいます。それは苦しい状況から生まれた覚悟である一方、作家としての確かな起点になりました。 転機は2008年、雑貨メーカーとのコラボによるマスキングテープが思いがけずヒット。さらに紙ものブームの追い風もあって著書の出版やメディア出演も続き、停滞していたイラストレーター人生が大きく動き出しました。 そして2020年、インテリアショップIDEEとの出会いにより、受注制作中心の働き方から離れ、「作りたいものを作り、展示販売する」という現在のスタイルへ。創作そのものに集中できる環境が整い、作品世界が一段と広がっていきます。   素材を生み出すことから始まるコラージュ 井上さんの作品に独特の深みが宿るのは、使う素材の多くを自ら制作している点にあります。かつては洋書の文字や古紙を中心に用いていましたが、ある時ふと飽和感を覚え、紙や布に絵の具を塗ったり染めたり、オイルパステルで塗りつぶしたりと、素材そのものを生み出す方向へ舵を切りました。 「日々の暮らしの中で、人やモノとの出会い、音、言葉、といった様々なレイヤーやそのコラージュにときめく瞬間が、私の創作の源です。それらが時間をかけて発酵され、『わたし』というフィルターを通して作品となります。」 素材づくりと、日常から湧き上がる感覚とが溶け合い、一枚の作品へと練り上げられていく。そのプロセスそのものが作品の静かな深さにつながっているのでしょう。 また自身のドローイングを分解し、Photoshopで再構成し、シルクスクリーンで刷り、さらに切り刻むという「リ・コラージュ」も行っています。 「貼り合わせることと、プリントの作業が好き」と話すその姿勢は、技法の選択を超えて、思考の整理や感覚の更新といった、創作の内側にある循環のように見えます。 実際の作品には、紙の切り口の荒さや重なりの厚み、インクの密度の揺れなど、素材が持つ“差異の表情”がそのまま残されています。均一に整えるのではなく、違いを違いのまま置くことで、画面に静かな深さが生まれているのだと思います。   日常と地続きの制作リズム 制作は午前から夕方まで。犬の散歩へ出るまでの間に、常時10枚ほどを並行して進めるそうです。アトリエには紙、布、絵の具、蜜蝋、ボンド、カッターなど、多様な道具が自然な秩序で置かれています。 作業中の音の使い分けも印象的です。「手を動かす工程では Podcast を、絵づくりの段階では無音で」と語るように、集中の深さに応じて環境を丁寧に切り替えています。 アイデアが生まれるのは意外にも静かな場所。「眠る前や起きる前のまどろみが一番ひらめく」と言います。旅、散歩、アトリエに差す光など、特別ではない日常の断片がそのまま作品の種になっていく。創作と生活がゆるやかに混ざり合うリズムが、作品に自然な呼吸を与えているのかもしれません。   井上さんのアトリエ “見えないもの”を形にする試みと、作品を迎える人へ 現在は、目に見えない概念や感覚をコラージュでどう表現できるかというテーマに取り組んでいるとのこと。「当たり前のすごさに気付けるような表現を試したい」と話す姿勢には、身近な世界を丁寧に見つめ直す視点があります。 井上さんは「購入してくださることにまず感謝したい」と話します。そのお金で食事をし、画材を買い、旅をする。そしてまた作品が生まれる。その循環を裏切らないように、一点ずつ丁寧に向き合っているそうです。 部屋に飾ったとき、素敵な家具を迎えた時のように「あるだけで、なんだか嬉しい」と感じてもらえたら──そんな静かな願いが、作品の奥に確かに息づいているのです。  ...

  • 版画作家 大川菜々子さんの新作が届きました。

    版画作家 大川菜々子さんの新作が届きました。

    今回の新作は、富士山や並木道、田園風景など、誰もが一度は心に思い浮かべたことのある風景を題材にしています。実際に訪れた記憶がある方には、そのときの空気や時間がそっと重なり、初めての場所であってもどこか懐かしさを感じさせてくれるはずです。 大川菜々子さんは、風景をそのまま描くのではなく、色と形を通して「印象」や「余韻」をすくい取るように表現しています。日常の空間に静かに寄り添い、見るたびに異なる感情を呼び起こすシリーズです。   画像は「富士山」。雄大な富士山と紅葉のコントラストが美しい一枚です。     画像は「銀杏並木」。ベンチに座って景色を眺めているような、静かで豊かな時間が流れるアートワークです。     画像は「田園」。大川さんならではの素朴で優しい色使いが、どこか懐かしい日本の原風景を思い出させてくれます。     大川菜々子 / Nanako Okawa香川県小豆島出身。武蔵野美術大学大学院版画コースを修了。伝統的な技法を現代的な感性で表現する木版画作家。日常の何気ない物事や風景を、柔らかく曖昧な色使いで温かみのある作品として描き出す。主に都内のギャラリーを拠点に個展やグループ展を開催し、定期的に作品を発表している。

    版画作家 大川菜々子さんの新作が届きました。

    今回の新作は、富士山や並木道、田園風景など、誰もが一度は心に思い浮かべたことのある風景を題材にしています。実際に訪れた記憶がある方には、そのときの空気や時間がそっと重なり、初めての場所であってもどこか懐かしさを感じさせてくれるはずです。 大川菜々子さんは、風景をそのまま描くのではなく、色と形を通して「印象」や「余韻」をすくい取るように表現しています。日常の空間に静かに寄り添い、見るたびに異なる感情を呼び起こすシリーズです。   画像は「富士山」。雄大な富士山と紅葉のコントラストが美しい一枚です。     画像は「銀杏並木」。ベンチに座って景色を眺めているような、静かで豊かな時間が流れるアートワークです。     画像は「田園」。大川さんならではの素朴で優しい色使いが、どこか懐かしい日本の原風景を思い出させてくれます。     大川菜々子 / Nanako Okawa香川県小豆島出身。武蔵野美術大学大学院版画コースを修了。伝統的な技法を現代的な感性で表現する木版画作家。日常の何気ない物事や風景を、柔らかく曖昧な色使いで温かみのある作品として描き出す。主に都内のギャラリーを拠点に個展やグループ展を開催し、定期的に作品を発表している。

  • 版画の魅力徹底解説|歴史・技法・若手作家の革新

    版画の魅力徹底解説|歴史・技法・若手作家の革新

    美術の中でも、版画は長い歴史と独自の魅力を持つジャンルです。浮世絵や銅版画に代表されるように、同じ図柄を複数制作できるという特性は、かつて美を広く届けるための重要な手段でした。近年では、伝統技法を継承する作家だけでなく、デジタル技術や異素材を組み合わせ、新しい表現を切り拓く若手版画家たちも登場しています。 本記事では、版画の歴史や日本と西洋の違い、現代ならではの制作方法、そしてこれからの可能性について、分かりやすくご紹介します。   版画の起源と伝播|中国から日本への道のり 版画の始まりは中国にあります。唐代(618〜907年)には木版印刷による仏教経典の大量複製が行われ、やがて朝鮮半島を経て日本へ伝わりました。奈良時代の「百万塔陀羅尼」(764年頃)は、製作年が特定できる最古級の印刷物として知られています。   日本の版画史|浮世絵から新版画へ 江戸時代(17〜19世紀)には、版画は庶民文化と結びつきながら芸術として発展しました。浮世絵は、美人画や風景、歌舞伎役者などを題材に、平面的な構図や鮮やかな色彩、輪郭を際立たせた独自の様式を確立します。20世紀に入ると新版画(Shin-hanga)が登場し、伝統木版の技術に西洋の遠近法や光の表現が加わりました。写実性と情緒をあわせ持つ作品は、国内外で高い評価を得ています。   西洋版画の発展|技法と日本美術の影響 ヨーロッパでは15世紀頃、木版や活版印刷の普及とともに版画が広まり、宗教画や書籍挿絵の分野で重要な役割を果たしました。19〜20世紀には「エッチングの復興」が起こり、インクのトーンや陰影を活かした繊細な表現が人気を集めます。また、日本の浮世絵は西洋美術にも強い影響を与えました。ジャポニスムの潮流の中で、モネやマネ、カサットらが平面的な色彩や大胆な構図を自らの作品に取り入れています。   版画ならではの魅力|質感と偶然性 筆やペンで直接描く絵画とは異なり、版画は「版」を介することで独特の質感や凹凸が生まれます。線は鋭くもやわらかくもなり、偶然に生じるにじみや擦れが作品に奥行きを加えます。多版多色刷りによって重ねられた色は、透明感や複雑なグラデーションを生み出し、ほかの技法では得られない表情を引き出します。   若手版画家の挑戦|デジタル技術と異素材の融合 近年、若い作家たちは伝統的な枠組みにとらわれず、デジタル技術や異素材を積極的に導入しています。たとえば、デジタルで描いた原画をレーザー加工で版に転写し、そこから手刷りで仕上げる方法では、精密な再現性と手作業ならではの温もりが一つの作品に同居します。さらに、支持体は和紙やコットンペーパーだけでなく、布やアクリル板、金属板などにも広がり、これまでにない視覚的効果を生み出しています。こうした挑戦は、従来の「複製のための版画」という概念を超え、一点物に近い存在感を実現しています。   版画の未来|伝統と革新が交差するこれから デジタル表現や印刷技術が進化した現代においても、手作業から生まれる偶然の表情や素材の質感は揺るぎない価値を持ち続けています。SNSやオンライン販売の普及によって、作家が国内外のファンへ直接作品を届ける機会はかつてないほど広がりました。今後は、伝統技法を受け継ぐ作家と、新しい素材やデジタル技術を駆使する作家が互いに刺激し合い、版画の表現はさらに多彩で豊かな方向へ発展していくでしょう。     版画作家、大川菜々子さんの作品はこちら 版画も含めた印刷技術の変遷に関するコラムもご覧ください      

    版画の魅力徹底解説|歴史・技法・若手作家の革新

    美術の中でも、版画は長い歴史と独自の魅力を持つジャンルです。浮世絵や銅版画に代表されるように、同じ図柄を複数制作できるという特性は、かつて美を広く届けるための重要な手段でした。近年では、伝統技法を継承する作家だけでなく、デジタル技術や異素材を組み合わせ、新しい表現を切り拓く若手版画家たちも登場しています。 本記事では、版画の歴史や日本と西洋の違い、現代ならではの制作方法、そしてこれからの可能性について、分かりやすくご紹介します。   版画の起源と伝播|中国から日本への道のり 版画の始まりは中国にあります。唐代(618〜907年)には木版印刷による仏教経典の大量複製が行われ、やがて朝鮮半島を経て日本へ伝わりました。奈良時代の「百万塔陀羅尼」(764年頃)は、製作年が特定できる最古級の印刷物として知られています。   日本の版画史|浮世絵から新版画へ 江戸時代(17〜19世紀)には、版画は庶民文化と結びつきながら芸術として発展しました。浮世絵は、美人画や風景、歌舞伎役者などを題材に、平面的な構図や鮮やかな色彩、輪郭を際立たせた独自の様式を確立します。20世紀に入ると新版画(Shin-hanga)が登場し、伝統木版の技術に西洋の遠近法や光の表現が加わりました。写実性と情緒をあわせ持つ作品は、国内外で高い評価を得ています。   西洋版画の発展|技法と日本美術の影響 ヨーロッパでは15世紀頃、木版や活版印刷の普及とともに版画が広まり、宗教画や書籍挿絵の分野で重要な役割を果たしました。19〜20世紀には「エッチングの復興」が起こり、インクのトーンや陰影を活かした繊細な表現が人気を集めます。また、日本の浮世絵は西洋美術にも強い影響を与えました。ジャポニスムの潮流の中で、モネやマネ、カサットらが平面的な色彩や大胆な構図を自らの作品に取り入れています。   版画ならではの魅力|質感と偶然性 筆やペンで直接描く絵画とは異なり、版画は「版」を介することで独特の質感や凹凸が生まれます。線は鋭くもやわらかくもなり、偶然に生じるにじみや擦れが作品に奥行きを加えます。多版多色刷りによって重ねられた色は、透明感や複雑なグラデーションを生み出し、ほかの技法では得られない表情を引き出します。   若手版画家の挑戦|デジタル技術と異素材の融合 近年、若い作家たちは伝統的な枠組みにとらわれず、デジタル技術や異素材を積極的に導入しています。たとえば、デジタルで描いた原画をレーザー加工で版に転写し、そこから手刷りで仕上げる方法では、精密な再現性と手作業ならではの温もりが一つの作品に同居します。さらに、支持体は和紙やコットンペーパーだけでなく、布やアクリル板、金属板などにも広がり、これまでにない視覚的効果を生み出しています。こうした挑戦は、従来の「複製のための版画」という概念を超え、一点物に近い存在感を実現しています。   版画の未来|伝統と革新が交差するこれから デジタル表現や印刷技術が進化した現代においても、手作業から生まれる偶然の表情や素材の質感は揺るぎない価値を持ち続けています。SNSやオンライン販売の普及によって、作家が国内外のファンへ直接作品を届ける機会はかつてないほど広がりました。今後は、伝統技法を受け継ぐ作家と、新しい素材やデジタル技術を駆使する作家が互いに刺激し合い、版画の表現はさらに多彩で豊かな方向へ発展していくでしょう。     版画作家、大川菜々子さんの作品はこちら 版画も含めた印刷技術の変遷に関するコラムもご覧ください      

  • 作家の深堀りコラム | 米津祐介という絵描き

    作家の深堀りコラム | 米津祐介という絵描き

    米津祐介さんの絵を前にすると、描かれているのは動物や道具、果物や花といった、ごくありふれたもののはずなのに、見る人の心がふと立ち止まり、考え始めるような静けさを感じます。線はかすかに揺れ、色はわずかににじむ。そのささやかな不均衡が、手のぬくもりと描く時間の積み重ねを感じさせ、心にやさしい余白を残していくのです。 例えば、描かれた動物たちは穏やかに佇み、笑っているようでも泣いているようでもない。けれど、その沈黙の中に、私たちはなにか人間的な感情の気配を見出します。 米津さんの絵は、語りかけるのではなく、見つめ返す。見る人がその眼差しに気づくとき、絵はひとつの対話を始めるのです。   はじまりは偶然の一枚から 1982年、東京生まれ。東海大学でデザインを学んだ米津さんは、もともと婦人靴の製造業を営むお父さまの背中を見て育ち、「将来、何か役に立てれば」と思いデザインの道に進みました。大学時代、友人の家で「イラストを描いてみよう」と誘われたことがきっかけで絵を描き始めたといいます。 漫画の模写はできても、オリジナルの絵になると何を描いていいかわからなかった。しかし、友人と描いた絵を見せ合ううちにその面白さに惹かれ、アートイベントに出展して一般の人に絵を見てもらうようになりました。その頃、初めて「イラストレーター」という職業を知り、目指すようになったそうです。 やがて展示会で「絵本のようですね」と声をかけられたことをきっかけに、試しに絵本を制作し、コンペに応募。賞は取れなかったものの審査を通過し、絵本という表現への手応えを感じたとおっしゃっていました。   転機となったボローニャ入選 2004年に大学を卒業し、アルバイトをしながら作品づくりを続けていた米津さん。翌2005年、世界最大級の絵本原画コンクール『イタリア・ボローニャ国際絵本原画展』で入選します。世界中の絵本作家が憧れるこのコンクールには、毎年80か国以上から数千人の応募者と数万点の作品が寄せられ、その中から選ばれるのはほんのひと握り。米津さんにとって、それは初めて自分の絵が世界の舞台に届いた瞬間でもありました。 この選出をきっかけに世界各国の出版社が集まるボローニャ・ブックフェアへ直接出向き、自ら作品を売り込みました。その場でスイスの出版社と出会い、絵本『Bye-Bye Binky』の出版が決定。この作品は最初に英語とドイツ語、フランス語で刊行され、グローバル展開の足掛かりとなりました。以降、作品はヨーロッパ、アメリカ、アジアなどで翻訳出版され、日本発の絵本作家として国際的に知られる存在となっていきます。   世界中で出版されている米津さんの絵本   クレパスとの出会い 米津さんの絵を特徴づけるのが、やわらかくも深みのあるクレパスの表現です。子どもが描くような自由さに憧れながらも、自身の几帳面な性格がそれを阻んでいたといいます。そんな中で出会ったのがクレパスでした。 「クレパスは、まっすぐ綺麗な線が描けない。どうしても歪んだり、太さが変わったりする。でも、そこに自然な味が生まれるんです。」 細密な表現が難しいぶん、偶然や制限が生む“思い通りにならなさ”が、逆に自分に合っていたと語ります。アクリル絵の具と違って準備の手間も少なく、「描きたいと思ったときにすぐ描ける」ことも魅力のひとつ。その制限と即興性が、米津さん独特のあたたかく奥行きのあるタッチを生み出しています。   米津さん愛用のクレパス   世界に届くやさしさ 絵本作家としての代表作『はんぶんこ!』(講談社)は、“分け合う”というテーマを、穴あきやめくりのしかけで体験できる構造に仕上げた作品です。英語版『Sharing』は、アメリカの書評誌 「Kirkus Reviews」 において2020年の Best Board...

    作家の深堀りコラム | 米津祐介という絵描き

    米津祐介さんの絵を前にすると、描かれているのは動物や道具、果物や花といった、ごくありふれたもののはずなのに、見る人の心がふと立ち止まり、考え始めるような静けさを感じます。線はかすかに揺れ、色はわずかににじむ。そのささやかな不均衡が、手のぬくもりと描く時間の積み重ねを感じさせ、心にやさしい余白を残していくのです。 例えば、描かれた動物たちは穏やかに佇み、笑っているようでも泣いているようでもない。けれど、その沈黙の中に、私たちはなにか人間的な感情の気配を見出します。 米津さんの絵は、語りかけるのではなく、見つめ返す。見る人がその眼差しに気づくとき、絵はひとつの対話を始めるのです。   はじまりは偶然の一枚から 1982年、東京生まれ。東海大学でデザインを学んだ米津さんは、もともと婦人靴の製造業を営むお父さまの背中を見て育ち、「将来、何か役に立てれば」と思いデザインの道に進みました。大学時代、友人の家で「イラストを描いてみよう」と誘われたことがきっかけで絵を描き始めたといいます。 漫画の模写はできても、オリジナルの絵になると何を描いていいかわからなかった。しかし、友人と描いた絵を見せ合ううちにその面白さに惹かれ、アートイベントに出展して一般の人に絵を見てもらうようになりました。その頃、初めて「イラストレーター」という職業を知り、目指すようになったそうです。 やがて展示会で「絵本のようですね」と声をかけられたことをきっかけに、試しに絵本を制作し、コンペに応募。賞は取れなかったものの審査を通過し、絵本という表現への手応えを感じたとおっしゃっていました。   転機となったボローニャ入選 2004年に大学を卒業し、アルバイトをしながら作品づくりを続けていた米津さん。翌2005年、世界最大級の絵本原画コンクール『イタリア・ボローニャ国際絵本原画展』で入選します。世界中の絵本作家が憧れるこのコンクールには、毎年80か国以上から数千人の応募者と数万点の作品が寄せられ、その中から選ばれるのはほんのひと握り。米津さんにとって、それは初めて自分の絵が世界の舞台に届いた瞬間でもありました。 この選出をきっかけに世界各国の出版社が集まるボローニャ・ブックフェアへ直接出向き、自ら作品を売り込みました。その場でスイスの出版社と出会い、絵本『Bye-Bye Binky』の出版が決定。この作品は最初に英語とドイツ語、フランス語で刊行され、グローバル展開の足掛かりとなりました。以降、作品はヨーロッパ、アメリカ、アジアなどで翻訳出版され、日本発の絵本作家として国際的に知られる存在となっていきます。   世界中で出版されている米津さんの絵本   クレパスとの出会い 米津さんの絵を特徴づけるのが、やわらかくも深みのあるクレパスの表現です。子どもが描くような自由さに憧れながらも、自身の几帳面な性格がそれを阻んでいたといいます。そんな中で出会ったのがクレパスでした。 「クレパスは、まっすぐ綺麗な線が描けない。どうしても歪んだり、太さが変わったりする。でも、そこに自然な味が生まれるんです。」 細密な表現が難しいぶん、偶然や制限が生む“思い通りにならなさ”が、逆に自分に合っていたと語ります。アクリル絵の具と違って準備の手間も少なく、「描きたいと思ったときにすぐ描ける」ことも魅力のひとつ。その制限と即興性が、米津さん独特のあたたかく奥行きのあるタッチを生み出しています。   米津さん愛用のクレパス   世界に届くやさしさ 絵本作家としての代表作『はんぶんこ!』(講談社)は、“分け合う”というテーマを、穴あきやめくりのしかけで体験できる構造に仕上げた作品です。英語版『Sharing』は、アメリカの書評誌 「Kirkus Reviews」 において2020年の Best Board...

  • 連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #3

    連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #3

    画像はAIによるイメージです   第3部:デジタル印刷と現代アートの新局面 20世紀後半からコンピュータが普及すると、印刷は再び大きな変化を迎えました。とくにジークレー印刷(顔料インクを微細に噴射する高精細インクジェット方式。広義には高品位インクジェットの総称として用いられることもある)は、原画の筆致や微妙な色合いを精緻に再現でき、アーカイバル(長期保存に耐えうる)品質を実現しました。美術館やギャラリーは所蔵作品の複製や保存に活用し、名画が教育や家庭に広く届くようになったのです。 デジタル印刷の強みは、プリント・オン・デマンド(必要な分だけ刷る仕組み)と品質の安定にあります。在庫を抱えるリスクが減り、作家やブランドが柔軟に市場に作品を届けられるようになりました。さらにカラーマネジメント(異なる機器間で色を正確に合わせる技術)の発展で、紙質や白色度を選びながら作品の仕上がりを設計できるようになりました。これにより、アートをインテリアとして楽しむ文化が一気に広がり、オンラインで購入し自宅に飾る体験が一般化しました。 同時に、美術館のデジタルアーカイブ(作品を高解像度で記録・公開する取り組み)も進展しました。現地展示が難しい文化財や壁画も、アーカイブを通じて世界中からアクセス可能になり、保存と公開の両立が可能となっています。 一方で、複製が正確になるほど「オリジナルとは何か」という問いが強くなります。ここで登場するのがNFT(ブロックチェーン上でデータの唯一性を証明する仕組み)やエディション管理(限定部数を決め、署名や番号で保証する方法)です。デジタルの拡散性を持ちながらも固有性を確保する取り組みが広がり、アートの新しい価値観を提示しています。 つまり現代の印刷は、アートを民主化(誰もが楽しめるようにすること)すると同時に、特権化(希少性を強調すること)も進めています。誰でも高品質な複製を持てる一方で、限定プリントやNFTが「唯一性」を再び際立たせるのです。私たちは複製とオリジナルの間を自由に行き来しながら、これまで以上に多様なアート体験を楽しめるようになっています。 中世は宗教画の普及、近代は版の表現拡張、現代はデジタルによる再設計。印刷技術はアートとともに進化し、人々の「見る/持つ/共有する」体験を絶えず更新してきました。これからも新しい技術が登場するたびに、アートの在り方は変化し続けていくでしょう。   第1部はこちら  第2部はこちら  

    連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #3

    画像はAIによるイメージです   第3部:デジタル印刷と現代アートの新局面 20世紀後半からコンピュータが普及すると、印刷は再び大きな変化を迎えました。とくにジークレー印刷(顔料インクを微細に噴射する高精細インクジェット方式。広義には高品位インクジェットの総称として用いられることもある)は、原画の筆致や微妙な色合いを精緻に再現でき、アーカイバル(長期保存に耐えうる)品質を実現しました。美術館やギャラリーは所蔵作品の複製や保存に活用し、名画が教育や家庭に広く届くようになったのです。 デジタル印刷の強みは、プリント・オン・デマンド(必要な分だけ刷る仕組み)と品質の安定にあります。在庫を抱えるリスクが減り、作家やブランドが柔軟に市場に作品を届けられるようになりました。さらにカラーマネジメント(異なる機器間で色を正確に合わせる技術)の発展で、紙質や白色度を選びながら作品の仕上がりを設計できるようになりました。これにより、アートをインテリアとして楽しむ文化が一気に広がり、オンラインで購入し自宅に飾る体験が一般化しました。 同時に、美術館のデジタルアーカイブ(作品を高解像度で記録・公開する取り組み)も進展しました。現地展示が難しい文化財や壁画も、アーカイブを通じて世界中からアクセス可能になり、保存と公開の両立が可能となっています。 一方で、複製が正確になるほど「オリジナルとは何か」という問いが強くなります。ここで登場するのがNFT(ブロックチェーン上でデータの唯一性を証明する仕組み)やエディション管理(限定部数を決め、署名や番号で保証する方法)です。デジタルの拡散性を持ちながらも固有性を確保する取り組みが広がり、アートの新しい価値観を提示しています。 つまり現代の印刷は、アートを民主化(誰もが楽しめるようにすること)すると同時に、特権化(希少性を強調すること)も進めています。誰でも高品質な複製を持てる一方で、限定プリントやNFTが「唯一性」を再び際立たせるのです。私たちは複製とオリジナルの間を自由に行き来しながら、これまで以上に多様なアート体験を楽しめるようになっています。 中世は宗教画の普及、近代は版の表現拡張、現代はデジタルによる再設計。印刷技術はアートとともに進化し、人々の「見る/持つ/共有する」体験を絶えず更新してきました。これからも新しい技術が登場するたびに、アートの在り方は変化し続けていくでしょう。   第1部はこちら  第2部はこちら  

  • 連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #2

    連載:印刷技術の発展がアートに与えたインパクト #2

    画像はAIによるイメージです   第2部:近代印刷と芸術表現の拡張 19世紀になると、印刷は単なる複製手段を超え、芸術家の表現手段そのものとして用いられるようになります。 まず重要なのがリトグラフ(石版画。石灰岩に油性描画をし、薬品処理後に水と油の反発を利用して刷る技法)です。木版や銅版に比べ、自由な筆致や柔らかな濃淡をそのまま紙に転写できるため、芸術家にとって新しい可能性を開きました。フランスではドラクロワやトゥールーズ=ロートレックが積極的に活用し、特にロートレックは劇場やカフェのポスターで街を彩り、広告と芸術の境界を軽やかに飛び越えました。街そのものが「屋外の美術館」として機能し、人々は歩きながら芸術に触れる時代が訪れます。 一方、銅版画(凹版印刷。金属板に線や面を刻み、インクを詰めてプレスで刷る方法)も進化します。エッチング(酸で金属を腐食させて線を刻む技法)やアクアチント(粉状樹脂で面の階調を作る技法)は、細やかな線と豊かな陰影を可能にし、ゴヤやピカソらが探求しました。複製でありながら、各刷りごとに異なる味わいが生まれるため、版画は単なるコピーではなく「もうひとつのオリジナル」(複製でありながら独立した作品)として扱われました。 20世紀に入ると、シルクスクリーン(メッシュ状の版からインクを押し出す孔版印刷。現在はポリエステルなど合成繊維メッシュが主流)が広がります。もともと商業印刷に使われていた技法を芸術へ持ち込んだのが、アンディ・ウォーホルに代表されるポップアートです。彼の《マリリン・モンロー》や《キャンベルスープ缶》は、同じイメージを繰り返し刷りながら、色や配置を変えることで、大量生産社会の均質さと、その中で揺らぐ個性の両方を可視化しました。 こうした近代印刷の広がりは、外に広げる力と内に深める力を同時に持っていました。ポスターや雑誌は形やデザインの表現方法、すなわち造形の言語を社会に伝え、家庭にまで芸術を届けたのです。一方で作家は版材やインク、圧力を操作し、絵具では得られない線やマチエール(技術的に創り出された素材感)を追求しました。 ここで大切なのは、「複製だから価値が下がる」のではなく、複製でしか生み出せない表現があると認められたことです。街は屋外の展示空間となり、家庭は小さなギャラリーとなりました。印刷は芸術を拡張し、日常と芸術の距離を縮めていったのです。   第3部に続く(第1部はこちらから)

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    画像はAIによるイメージです   第2部:近代印刷と芸術表現の拡張 19世紀になると、印刷は単なる複製手段を超え、芸術家の表現手段そのものとして用いられるようになります。 まず重要なのがリトグラフ(石版画。石灰岩に油性描画をし、薬品処理後に水と油の反発を利用して刷る技法)です。木版や銅版に比べ、自由な筆致や柔らかな濃淡をそのまま紙に転写できるため、芸術家にとって新しい可能性を開きました。フランスではドラクロワやトゥールーズ=ロートレックが積極的に活用し、特にロートレックは劇場やカフェのポスターで街を彩り、広告と芸術の境界を軽やかに飛び越えました。街そのものが「屋外の美術館」として機能し、人々は歩きながら芸術に触れる時代が訪れます。 一方、銅版画(凹版印刷。金属板に線や面を刻み、インクを詰めてプレスで刷る方法)も進化します。エッチング(酸で金属を腐食させて線を刻む技法)やアクアチント(粉状樹脂で面の階調を作る技法)は、細やかな線と豊かな陰影を可能にし、ゴヤやピカソらが探求しました。複製でありながら、各刷りごとに異なる味わいが生まれるため、版画は単なるコピーではなく「もうひとつのオリジナル」(複製でありながら独立した作品)として扱われました。 20世紀に入ると、シルクスクリーン(メッシュ状の版からインクを押し出す孔版印刷。現在はポリエステルなど合成繊維メッシュが主流)が広がります。もともと商業印刷に使われていた技法を芸術へ持ち込んだのが、アンディ・ウォーホルに代表されるポップアートです。彼の《マリリン・モンロー》や《キャンベルスープ缶》は、同じイメージを繰り返し刷りながら、色や配置を変えることで、大量生産社会の均質さと、その中で揺らぐ個性の両方を可視化しました。 こうした近代印刷の広がりは、外に広げる力と内に深める力を同時に持っていました。ポスターや雑誌は形やデザインの表現方法、すなわち造形の言語を社会に伝え、家庭にまで芸術を届けたのです。一方で作家は版材やインク、圧力を操作し、絵具では得られない線やマチエール(技術的に創り出された素材感)を追求しました。 ここで大切なのは、「複製だから価値が下がる」のではなく、複製でしか生み出せない表現があると認められたことです。街は屋外の展示空間となり、家庭は小さなギャラリーとなりました。印刷は芸術を拡張し、日常と芸術の距離を縮めていったのです。   第3部に続く(第1部はこちらから)

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